須磨海浜公園で見つけた赤い灯台。その正体に足が止まった
歩いている途中だった。目的は灯台じゃない。
須磨海浜公園をのんびり散歩して、海を眺めて、少し写真を撮る。それくらいのつもりだった。
ところが、松林の向こうに真っ赤な建物が現れた瞬間、思わず足が止まる。
青空を切り裂くような赤。
「あれ、なんだ?」
近づくほど違和感が大きくなる。
灯台だ。
でも、灯台らしくない。港の先端でも、防波堤の上でもない。
ジョギングを楽しむ人が横を通り過ぎ、子どもたちの笑い声が聞こえる公園の中に、堂々と立っている。
灯台なのに、海を照らしている気配がない。
その理由を知りたくなって説明板を読むと、この赤い建物は「旧和田岬灯台」だと知った。
明治時代に神戸港で船を導き、日本の近代化を見守ってきた灯台。
そして役目を終えた今は、この須磨海浜公園で歴史を伝える存在として静かに立ち続けている。
海を照らす仕事は終わった。
それなのに、この灯台は今も人の足を止める。
いや、役目を終えた今だからこそ、多くの人を惹きつけているのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はしばらくこの赤い灯台を見上げていた。
「あれ、なんだ?」から始まった寄り道
須磨海浜公園は、開放感のある場所だ。
目の前には海が広がり、芝生では子どもたちが走り回る。
ジョギングをする人もいれば、ベンチでのんびり過ごす人もいる。
そんな穏やかな景色の中で、この灯台だけが異様な存在感を放っている。
白い灯台なら違和感はなかったかもしれない。
でも、目の前にあるのは鮮やかな赤。
しかも想像していた灯台とは少し違う形をしている。
細く空へ伸びるというより、どっしりと地面に根を張ったような六角形のシルエット。
遠くから見ても目立つが、近づくとさらに圧倒される。
鉄でできた外壁には無数のリベットが打ち込まれている。
一つひとつが少しずつ表情を変えながら、150年近い時間を支えてきた。近代建築というより、大きな機械を見上げているような感覚だった。
灯台というより、「鉄の建造物」。そんな印象が先に来る。さらに近づいて見上げると、小さな窓や古い銘板が目に入る。
塗装の下には年月が刻まれ、何度も塗り直されながら大切に守られてきたことが伝わってくる。
新品には絶対に出せない存在感だった。
写真を撮ろうと思っていたのに、気付けばカメラを下ろして見入っていた。
説明板には、この灯台が神戸・和田岬から移設されたことや、日本に現存する最古の鉄製灯台であることが書かれている。
つまり、この場所は灯台が建てられた場所ではない。役目を終えたあと、この公園へ移され、新しい人生を歩み始めた場所なのだ。
それを知ると、景色が変わる。灯台なのに海の先端ではない理由。松林の中に立っている理由。すべてにつながっていく。
周囲では家族連れが楽しそうに歩き、犬を散歩させる人が通り過ぎる。
灯台は何も語らない。
ただ静かにそこに立っているだけだ。
けれど、その姿には現役だった頃にはなかった役割が生まれている。人の足を止めること。そして、「なぜここにあるのか」と考えさせること。
私は完全に寄り道をしていた。
ほんの数分立ち止まるつもりだった。
それが気付けば、この灯台の周りを何度も歩き、角度を変えながら写真を撮っていた。
目的地へ向かう途中だったことを、しばらく忘れてしまうほどだった。
海を照らさなくなった灯台が、今もここに残る理由
灯台は、役目がある建物だ。船に航路を示し、人の命を守る。だから役目を終えれば、多くは姿を消していく。
それなのに、この灯台は残された。
理由はシンプルだ。歴史そのものだから。明治という時代、日本は海外との交流を本格化させ、港には西洋式の灯台が次々と建設された。
その中で旧和田岬灯台は、日本の近代化を象徴する存在だった。神戸港へ入る船を照らし、多くの人や物資を迎え入れてきた。やがて港は埋め立てられ、灯台としての役割を終える。
普通ならそこで歴史は終わる。
でも、この灯台は違った。解体されることなく移設され、文化財として新しい役割を与えられた。「保存された建物」と聞くと、どこか展示物のような印象を受ける。
しかし実際に目の前に立つと、そんな雰囲気はない。
今でも現役のような迫力がある。
鉄の重み。赤い塗装。見上げたときの高さ。すべてが「ここにいる」という存在感を放っている。
おもしろいのは、今この灯台を見上げている人のほとんどが、灯台を目的に来ていないことだ。
シーワールドへ向かう途中。海辺を散歩している途中。ジョギングの途中。そんな人たちが、「あれ?」と足を止める。
私も、その一人だった。
きっと現役だった頃、この灯台は船から見上げられていた。
でも今は、公園を歩く人たちが見上げている。見られる相手は変わった。役割も変わった。それでも、人を導くという本質だけは変わっていないのかもしれない。
今、導いているのは船ではなく、人の興味だ。
「あれは何だろう。」
その小さな疑問から、神戸の歴史へと導いてくれる。
そんな灯台になっていた。
まとめ
観光地には、有名なスポットがたくさんある。
行列ができる店もあれば、SNSで話題になる景色もある。
でも、本当に記憶に残る場所は、派手さとは別のところにある気がする。
須磨海浜公園の赤い灯台も、その一つだった。
最初は「変わった建物」くらいにしか思っていなかった。
ところが近づいて、見上げて、歴史を知る。
その順番で、この場所は少しずつ特別な景色へ変わっていった。
役目を終えた建物。
普通なら、それは過去の遺産になる。
でも、この灯台は違う。
現役ではないからこそ、人は立ち止まり、見上げ、歴史に思いを巡らせる。
150年以上前、この灯台が照らしていたのは神戸港へ向かう船だった。
そして今、照らしているのは訪れた人の好奇心なのかもしれない。
須磨海浜公園へ行く予定があるなら、ぜひ少しだけ寄り道をしてほしい。
シーワールドへ急ぐ前でもいい。
海を眺めた帰りでもいい。
ほんの5分でいいから、この赤い灯台の前に立ってみてほしい。
きっと最初は「赤いな」と思う。
次に「なぜここにあるんだろう」と考える。
そして帰る頃には、「また誰かを連れて来たい場所」が一つ増えているはずだ。
神戸には新しい景色が次々と生まれている。
その一方で、150年以上前から時代を見続けてきた建物も、静かにこの街を見守っている。
海を照らす役目は終わった。
それでも、この赤い灯台は今日も誰かの足を止め、神戸という街の時間を照らし続けている。
※ 2026年6月30日現在の情報です。
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